難しそうなことをふわっと理解する

経済のような、わかりにくく敬遠されがちなものを極力わかりやすく解釈してみたいと思っています。

東芝の粉飾と今後の監査法人のあり方の提案

東芝の粉飾が明らかになってから7/20まで、未だ全貌が見えない東芝の粉飾問題。私が興味を持ったのは、なぜ監査法人がいながら粉飾がおきたか、どうすれば監査法人は粉飾をきちんと指摘ができるかです。

 

※内容としては東芝への糾弾という個別の問題ではなく、そもそもなぜ監査法人が粉飾を効果的に防げないのかという環境・社会のシステム面の考察です。

 

目次

1. 経緯
2. 粉飾の利害関係者
3. なぜ粉飾はいけないのか?
4. 監査法人の仕事
5. 監査法人が粉飾に厳しくなれない理由
6. 監査法人がしっかりと粉飾を指摘できるようになるための提案
7. 粉飾に甘い理由
8. 結論:不正を防ぐためにはシステムを変えよう


1. 背景

7月20日、東芝が組織的に不正を行っていたことが明らかになりました。

www.yomiuri.co.jp

 「経営トップらを含めた組織的な関与の下、見かけ上の利益をかさ上げしようとする確たる目的に基づいて意図的に行われていた」と明記した。過去に遡って修正すべき利益は最終的に1562億円(うち、第三者委の調査分は1518億円)にのぼった。

粉飾は悪いことです。しかし粉飾は人々の関心をあまり集めないようです。粉飾は経営者と投資家以外にとって当事者意識を持ちにくいものだと思いますが、経営者でも投資家でもない大多数の労働者にとっても大事な問題だと私は考えています。少なくとも、今ホットなトピックである集団的自衛権よりは身近ではあると思いますよ、集団的自衛権は大事な問題ではありますが、実際に戦地に赴く人の数より企業で働く人の数のほうが多いですから、粉飾がなぜダメなのか理解できれば多くの人が粉飾に問題意識を持てるようになるはずです!

 

2. 粉飾の利害関係者

今回の東芝の粉飾事件の主な利害関係者を図にしました。

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企業は、投資家から投資されたお金を使って事業をし、商品やサービスを顧客に提供し、見返りにお金を得ます。利益は投資家に還元します。東芝のような上場企業は利益をどれだけ得ているのかを報告する義務があります。この数字が正しいかを調べるのが監査法人です。投資家は企業が出す、利益などの会計の数字を見て、この企業は魅力的!と思える企業に投資をします。ですから投資家にとってはこの会計の数値の信頼性は命綱です。


そして東芝は利益の値についての嘘をつきました。新日本有限責任監査法人も数値が間違っている書類にOKを出しました。これはいけないことです。会計の数値が間違っていることは投資家の信頼を損なう行為です。つまり問題になっているのは粉飾をした東芝と、その粉飾の指摘が本来すべき仕事である新日本有限責任監査法人です。

 

3. なぜ粉飾はいけないのか?
粉飾は、主に利益を水増しして企業をより良く見せるために行われます。利益が多ければ経営者は有能とされ、企業の株価は上がります。つまり、粉飾は無能な経営者を経営者の立場に止め、価格に見合わない株を投資家に押し付ける詐欺行為です。

 

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粉飾の短期的な被害者は主に投資家ですが、粉飾が慢性的にはびこる社会ではいずれ投資をしない人々も損害を被ります。投資家がその投資家に粉飾にしっかり制裁が加えられない状況では企業の経営は放漫で非効率なものとなります。非効率な企業の競争力は低下します。なぜなら、常に利益を出せとプレッシャーをかけられている企業はコスト削減やより儲かる事業への挑戦を通じて利益を高める努力をしていまるからです。そんな企業に、粉飾をして沢山の利益がでているとごまかしている企業がどうやって太刀打ちできるでしょうか?競争力が落ちた企業はいずれ淘汰されます。淘汰というのは、例えば従業員の給料を下げたり、リストラしたり、あるいはサービス残業を強いる等でいずれ従業員に降り掛かってくるか、あるいは倒産して雇用そのものが全てなくなります。嘘は短期的には有効かもしれませんが、ずっとつき続けることはできません。なぜなら嘘はつくたびにボディーブローのように企業にダメージをじわじわと与え、そして露呈した瞬間に信用を失うからです。

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4. 監査法人の仕事

監査法人の仕事は粉飾を見ぬくことです。しかし、なぜわざわざ監査法人が必要なのでしょう?企業が粉飾をしなければ不要な存在なのに?

 

それは、上手くいっていない企業の経営者はほうっておくと粉飾に手を染めがちだからです。


投資家は経営者をクビにする力があります。利益がガンガンでている企業の経営者はどうなるでしょうか?クビにするわけがありません。かわりに名誉と高い報酬が与えられます。では利益の出ていないダメな企業の経営者が正直に結果を報告したらどうなるでしょう?報酬が下がるかもしれませんし、クビになるかもしれません。つまり、利益が出ていないことを正直に報告することはとてもむずかしいことなのです。これは怒りっぽい上司に部下が報告しなくなるということとよく似ています。

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だから、監査法人がない場合はどの企業も株主への報告会である株主総会では基本的にキレイなことしか言いません。ビジネスが上手く言っていればもちろん「儲かってます!」と言いますし、儲かってなくても「儲かってます!」と経営者は言いたくなります。今の時代、大企業の経営者は数年で変わることが多いですから、数年間ごまかしきれば、その間報酬だけ貰ってサヨナラできますからね。しかしこれでは投資家は困ります。なぜなら健全な企業も粉飾をしている企業も儲かっているとしか言わないからです。これでは怖くて投資ができません。

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そうすると、健全な企業はしっかりとした報告をしているのに投資家から信用されなかったり、健全な企業が上場する・増資するときに投資家からの資金調達が難しくなります。この状況はとてもまずい状況です。


このような状況では監査法人が役に立ちます。監査法人の役割は企業の内部を調べて粉飾を見ぬくことです。粉飾している企業を見抜く監査法人のおかげで、投資家は粉飾している企業に投資することを避ける事ができます。結果、きちんと良い結果、正しい報告をする企業が報われるようになる、ということです。現在、日本で上場するためには毎年きちんと監査法人から監査を受けなければなりませんし、企業の結果・現状を表す財務諸表を公開し、投資家には報告書を出さなければなりません。こうやって、悪い経営者に粉飾をさせないように防いでいます。

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5. 監査法人が粉飾に厳しくなれない理由

しかし現実には東芝で粉飾がおきました。しかも監査法人がついていながらです。なぜでしょうか?監査法人がうっかり見逃してしまったという可能性もありますが、私は監査法人が企業からのプレッシャーに弱い体質に問題があると考えています。

 

監査法人の最大の弱点は、監査すべき対象である企業から監査の報酬をもらうというビジネスを行っていることにあります。監査法人の主な仕事は企業が粉飾をしていないかチェックする監査で、この監査という仕事はどの監査法人がやっても大体一緒です。もちろん違いはありますが、企業ほどバラエティに富んでいません。これは当たり前で、各監査法人が好き勝手、基準が異なる監査をするのでは監査の意味がありません。ですから、監査は必然的に同じようなものになり、監査法人間の差別化が企業と比べて極めて難しいです。

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つまり、どこに頼んでもだいたい同じということです。むしろ同じでなければなりません。監査のための基準があるためです。

 

どの監査法人も監査という仕事についてはだいたい同じなので、監査法人は価格交渉力が弱いです。審査に時間がかかり、多額の監査報酬を支払う大企業は、嫌なら他の監査法人にしてもいいんだぞとプレッシャーをかけつつ監査法人に監査報酬を下げろと簡単に言えますし、汚い部分を見逃す方にも流れてしまうでしょう。大企業からの報酬をもらえないと自分たちのクビを締めることになりますので、監査法人は本来なら厳しく監査すべきところですがある程度妥協せざるをえません。

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6. 監査法人がしっかりと粉飾を指摘できるようになるための提案

ではどうすべきか?私の考えは、監査法人が直接企業から監査報酬を受け取るのをやめ、証券取引所がかわりに監査報酬を支払う、というものです。


証券取引所の仕事は投資家が投資をする場を提供することなので、監査法人に報酬を払うのは自然な流れです。すると監査法人は企業からの圧力から解放され、強気に、良心の呵責にさいなまれずに監査の仕事ができます。証券取引所は投資家か企業のどちらかから監査報酬分のお金を広く徴収すればいいのですが、どちらから徴収しても筋は通ります。投資家であれば、安心して投資できる環境を整えてもらっていることに対するサービス料として、企業であれば、投資家に信頼してもらう上でのお墨付きの対価として。そもそも企業から徴収しても、その分のコストが利益から引かれ投資家に対する配当が減るので、似たようなものです。どちらかと言えば企業に払ってもらうほうが見た目の負担が変わらないので良いと思います。

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このような制度に変更した場合、

  • 消費者:あまり影響を受けません。
  • 企業:監査法人が厳しくなるので、粉飾をする企業にとっては向かい風です。良いことです。
  • 監査法人:企業からお金をもらっていないので、粉飾を強く指摘できます。良心が傷まず仕事ができます。
  • 投資家:財務諸表の信頼性が向上して、粉飾のリスクが下がります。
  • 証券取引所:仕事が少し増えます。その代わりに粉飾によるトラブルが減ります。可能性として、投資家が増えて利益が増えるかもしれません。

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7. 粉飾に甘い理由

粉飾は投資家に対する詐欺、と先述しましたが、にも関わらずなぜ粉飾に甘いのでしょうか?


投資をしておらず、経営者でもない人達にとっては企業は重要は雇用先です。あまり厳しく粉飾した企業を追及してしまうと、給料が下がったり、リストラが起きたり、そこで働いている人なら職を失ってしまいます。現実としてリストラが起きるかもしれません。


監査法人は投資をしない限りあまり縁のない存在です。投資家は金を持つ、金儲けを道徳的に良しとしないこの国では疎まれる存在です。ですから粉飾で投資家が損をしてもどうでもいいことです。

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8. 結論:不正を防ぐためにはシステムを変えよう

 

しかし、粉飾が横行するような文化では企業は非効率になり、競争力を失っていきます。そうなるといずれその企業は淘汰されます。いつかは現実に向きあう日が来るのです。そして現実に向きあう日が早ければ早いほど痛みは小さくて済みます。東芝が粉飾して、新日本有限責任監査法人がそれを見抜かなかった、という個別のケースで終わりにするのではなく、不正が起きにくくなるようなシステムに変えていくことが大切です。